盛岡地方裁判所 昭和55年(ワ)304号 判決 1982年1月26日
原告
堀田キミ
被告
山岸一
主文
一 被告らは原告に対し各自金三三五四万五三八六円と、内、金三〇五四万五三八六円に対する昭和五四年三月一九日から、内、金三〇〇万円に対する昭和五五年八月三一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを七分し、その六を被告ら、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、一、三項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは原告に対し各自金三九二五万三九四六円と、内、金三六二五万三九四六円に対する昭和五四年三月一九日から、内、金三〇〇万円に対する昭和五五年八月三一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 交通事故の発生
(一) 日時 昭和五四年三月一八日午前九時一〇分頃
(二) 場所 岩手県遠野市青笹町糠前四五地割三四番地先路上
(三) 被害車両 原告の夫訴外堀田日朗士(以下単に訴外堀田という。)運転普通乗用車(以下単に訴外堀田車という。)
加害車両 被告山岸一(以下単に被告山岸という。)運転普通乗用車(以下単に被告山岸車という。)
2 事故の態様及び被告山岸の過失
訴外堀田車は、中央線の表示のない道路(進行方向に向つて上り坂)をゆるいカーブに沿つて時速約四〇キロメートルで進行中、被告山岸車を発見し左にハンドルを切りブレーキを踏んで停止したところに、急ブレーキをかけたためにスリツプして道路の中央を越えて訴外堀田車の進路に侵入して来た被告山岸車が衝突した。
被告山岸には右側通行、前方不注視及び下り坂のカーブを速度をゆるめずに進行した過失があつた。
3 原告は、入院八〇日間、通院六日間の顔面挫創、両角膜破裂兼虹彩硝子体脱出、両眼無水晶体の傷害を受け、後遺症は七級の認定を受けた。
4 被告田中建設株式会社(以下単に被告会社という。)は加害車両の所有者であり、被告山岸にそれを無償貸与していた。
5 損害
すでに被告らから受領ずみの治療費、付添費、通院費の他、次の損害が発生した。
(一) 入院中の雑費 金四万八〇〇〇円
(二) 将来の治療費 金三八万四二〇八円
原告は本件事故による両無水晶体症、両癒着性角膜白班、右上瞼睫毛乱生症(瘢痕性)の傷害のため、昭和五五年七月から一年間、毎月一回通院し、治療費一回につき金一二二一円、薬代一回につき金二七四円、合計金一万八〇六〇円を支払つた。
右傷害は、生涯継続するものであるところ、原告は現在四四歳であるから平均余命三六年であり従つて今後の治療費は
1万8060円×20.274(ホフマン係数)=36万6148円
となり、右両者を合計すると、金三八万四二〇八円となる。
(三) 右通院交通費 金一五万八二七八円
往復一回で金六二〇円であるから、これまでの一年間で金七四四〇円を支出した。
今後の三六年間の交通費は
7440円×20.274(ホフマン係数)=15万0838円
となり、右両者を合計すると金一五万八二七八円となる。
(四) 逸失利益 金四九〇一万七二九一円
原告は、自宅で理容業を営んでいたところ、本件事故前の昭和五三年度の右理容業による総収入は金三二二万三〇〇〇円である。
ところで必要経費について、光熱費は家計、理容営業用を含めて年間金一三万五三三六円となり、内営業用はその三分の二の金九万二二四円、化粧品代、バリカン、鋏等購入費は年間金一三万五〇三〇円、五年に一回の店内改装費を年間に換算すると金一〇万円、合計金三二万五二五四円となる。
右必要経費を前記総収入から差引くと、年間の純利益は金二八九万七七四六円であり、月額では金二四万一四七八円となる。
ところで原告は視力減退によりカミソリ、バリカン、ハサミ等危険な刃物等を使用することができないから、今後全く理容業を営むことはできず(従つて労働能力喪失率を逸失利益の計算に際して乗ずるべきではない。)、右の状態は将来にわたつて改善される見込がないうえ転職も不可能である。
以上により本件事故から訴提起までの一七か月間及びその後六七歳までの二四年間の逸失利益は
(24万1478円×17)+(289万7746円×15.499)←(ホフマン係数)=4901万7291円
となる。
(五) 慰藉料 金六八〇万円
入院八〇日、通院六日間の入通院に対するもの金六〇万円
後遺症に対するもの金六二〇万円
(六) 以上を合計すると金五六四〇万七七七七円となるが、自賠責保険金一七九一万〇五五六円を差引くと金三八四九万七二二一円となり、右に弁護士費用金三〇〇万円を加えると金四一四九万七二二一円となる。
よつて原告は被告ら各自に対し、不法行為による損害賠償金の内、金三九二五万三九四六円と、内、金三六二五万三九四六円に対しては不法行為発生の日の後である昭和五四年三月一九日から、内、金三〇〇万円に対しては同じく不法行為発生の日の後である昭和五五年八月三一日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1、4項を認める。2項を否認する。3項は知らない。5項のうち、原告が自賠責保険金一七九一万〇五五六円を受け取つたことは認めるがその余は知らない。
三 抗弁
訴外堀田には以下のような過失があつた。
すなわち本件事故現場は道路幅が狭く、しかもカーブして見通しの悪い地点であるにもかかわらず、訴外堀田は対向車がないものと軽信し、慢然と徐行せずに進行した過失により、被告山岸車を発見して急制動をかけたがまにあわず、被告山岸車と衝突したものである。
四 抗弁に対する認否
否認する。
第三証拠〔略〕
理由
一 請求原因事実のうち、交通事故発生の日時、場所、被害車両、加害車両及びその各運転者、並びに、被告会社が加害車両の所有者であり、被告山岸にそれを無償貸与したことは当事者間に争いがない。
二 そこで損害についての検討にさきだち、被告山岸の過失及び抗弁事実である被告の夫である訴外堀田の過失について検討する。
1 被告山岸の過失について検討するに成立について当事者間に争いのない甲第四号証の一及び三によれば、被告山岸車の車幅は一・六八メートルであり、訴外堀田車の車幅は一・五〇メートルであり、本件事故現場の道路幅は三・六メートルである事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はないところ、右各車幅と道路幅に関する右事実によれば、右場所においては、対向車両が互にすれちがう際にはともに徐行しなければならないものであり、そうすると右証拠及び成立について当事者間に争いのない甲第五、第七号証、乙第一号証、被告山岸本人尋問の結果、並びに証人堀田日朗士の証言(第一回)を総合すれば、本件事故現場の見とおしは約四四・九メートルである事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はないから、本件事故現場を通行する車両は対向車のあることを予想して少くとも広義の制動距離を二二メートル以下とする時速以下で走行しなければならない義務があるというべきである。
しかるに前述甲第五、第七号証及び被告山岸本人尋問の結果によれば、被告山岸は時速五〇ないし六〇キロメートルで進行していた事実が認められ、前述甲第四号証の三によれば訴外堀田が被告山岸車を発見して急制動を行い、右車両と衝突するまでの距離が約一九・二メートルであるに対し、被告山岸が訴外堀田車を発見して急制動を行い、右車両と衝突するまでの距離が約二五・七メートルである事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はないから、被告山岸にはさきに述べた義務を怠つた過失があるというべきである。
ところで前述甲第一号証の一によれば本件事故現場は被告山岸車の進行方向に向つて三%の下り坂である事実が認められ、また被告山岸本人尋問の結果によれば、被告山岸車には、本件事故当時体重の平均が五六キログラムの者が四名乗車している事実、被告山岸車が排気量の大きい車両である事実が認められるが、このように進行方向に向つて下り坂である事実及び車両の総重量が増加している事実があれば制動距離が伸びることは容易に予見できることであるから、そのような場合にはそれに応じて速度をセーブしなければならない義務が課せられるものであり、そうすると、右事実は被告山岸の過失を増加させるべきものではあつても軽減させるべきものとはならない。従つて、右に反する趣旨の被告らの主張は失当である。
また前述甲第五、第七号証及び被告山岸本人尋問の結果によれば、被告山岸車の進行方向に向つて左側は崖となつている事実が認められ、そのために被告らは、被告山岸がハンドルを左に切らずに急制動を行つたことは緊急避難であると主張するけれども、しかし道路がそのような状態であれば、それに応じてあらかじめ速度を落として進行すべき義務が生ずるというべきで、被告らの右主張も失当である。
しかしながら本件事故現場のような道路幅の狭い所では、常に道路の左側を通行することは不可能であるから、前述甲第五、第七号証及び被告山岸本人尋問の結果を総合することにより認められる、被告山岸車が道路の中央よりやや右寄りを進行していたとの事実があつたとしても、この点で過失があつたとすることはできない。
2 次に訴外堀田の過失について検討するに、前述乙第一号証及び証人堀田日朗士の証言(第一、二回)を総合すれば、訴外堀田車は時速約四〇キロメートルで進行していた事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はないところ、1で述べたとおり本件事故現場のような道路幅では対向車は互に徐行しなければすれちがうことができないものであり、また見とおしもよくなかつたから、訴外堀田にも速度の出し過ぎの過失があつたというべきである。
3 ところで右両者の過失の割合を検討するに、証人堀田日朗士の証言(第二回)によれば、訴外堀田車が停止したところへ、被告山岸車が衝突し、訴外堀田車が約四五センチメートル後退した事実が認められ、前述甲第五、第七号証及び被告山岸の供述中には右事実に反する部分もあるけれども、これは右証拠に照らし、にわかに採用できず、他に右認定事実を覆すに足りる証拠はなく、右事実及び被告山岸車並びに訴外堀田車の本件事故時の時速に関するさきに認定した事実、両車の、互に相手車を発見した地点から衝突地点までの距離に関するさきに認定した事実を合せ考慮すると、被告山岸の過失に比し、訴外堀田の過失はより小さいものというべく、二割の割合をもつて過失相殺すべきものである。
三 損害の発生について
成立について当事者間に争いのない甲第二号証によれば、原告は顔面挫創、両角膜破裂、虹彩、硝子体脱出、両眼無水晶体の傷害を受けた事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
1 入院中の雑費
前述甲第二号証、原告本人尋問(第一回)の結果によれば、原告は八〇日間入院した事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。右入院期間中の雑費は金四万八〇〇〇円が相当である。
2 将来の治療費
原告本人尋問(第二回)の結果により真正に成立したものと認められる甲第八ないし第一〇号証、証人堀田日朗士の証言(第一回)、原告本人尋問の結果(第一、二回)を総合すれば、原告は、両無水晶体症、両癒着性角膜白班、右上瞼睫毛乱生症の傷害のため、昭和五五年七月以前より月一回通院し、治療費は一回につき金一二二一円、薬代は一回につき金二七四円、合計金一四九五円となり、右傷害は今後改善されない事実が認められこれを覆すに足りる証拠はない。
右によるこれまで一年間の治療費は金一万七九四〇円である。
右事実によれば今後少くとも一〇年間は右治療が続くことは想像に難くなくそれによる治療費は左により金一四万二五一五円となる。
1万7940円×7.944(10年のオフマン係数)=14万2515円
右両者を合計すると金一六万四五五円となる。
3 右治療に要する交通費
原告本人尋問(第二回)の結果によれば右治療に要する交通費は一回につき金六二〇円を下らないものである事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
右事実によれば、これまで一年間の交通費は金七四四〇円である。
将来の交通費は左により金五万九一〇三円となる。
7440円×7.944(10年間のオフマン係数)=5万9103円
右両者を合計すると金六万六五四三円となる。
4 逸失利益
原告本人尋問(第一、二回)の結果によれば、原告は自宅で理容業を営んでいる事実が認められ、同本人尋問(第二回)の結果により真正に成立したものと認められる甲第一一号証によれば次の事実が認められる。
(一) 一年間(昭和五三年度)の理容業による総収入は金三二二万三〇〇〇円を下らない。
(二) 一年間(右同)の光熱費(水道料を含む)は家計、営業あわせて金一三万五三三六円以上とはならない事実が認められるところ、理容業においてはガス、電気、水道をかなり必要とすることは明らかであり、従つて右の内、営業用は三分の二を下らないであろうことは想像に難くないから営業用としては 金九万二二四円
(三) 一年間(右同)の化粧品代、バリカン、鋏等購入費は 金一三万五〇三〇円
また証人堀田日朗士の証言(第一回)によれば、店内設備等の費用に一月にして金五〇〇〇円が必要となる事実が認められるから、年間にして右費用は多く見積っても金一〇万円以上とはならないとすることができる。
以上総収入から必要経費を減ずると一年間における理容業による純利益は金二八九万七七四六円となり、月額では金二四万一四七八円となる事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
ところで原告本人尋問(第一回)の結果によれば、原告は視力減退により、カミソリ、バリカン、ハサミ等の刃物を使用することができず、従つて今後全く理容業を営むことができない事実が認められ、これを覆すに足りる証拠もなく、また前述証拠によれば原告はその後遺症によりいちいち天眼鏡を用いなければ文字が読めない事実が認められ、右事実に、本件記録上明らかな原告の年齢を合せ考慮すると、理容業以外のそれに匹敵する程の収入の得られる他の資格を取得することもほとんど不可能に近いことが認められ、従つて逸失利益の計算にあたつては一般的な基準として用いられている労働能力喪失率を乗ずることは妥当ではない。また前述証拠によれば理容業としては七〇歳近く稼働できる事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
以上により事故発生日から起訴時及び起訴時から将来に向つての逸失利益を計算すると左のとおり金四九〇一万七二九一円となる。
(24万1478円×17)+(289万7746円×15.499)←67歳まで24年のホフマン係数=4901万7291円
5 慰藉料
入通院に対するもの
成立について当事者間に争いのない甲第二号証及び原告本人尋問(第一回)の結果によれば、原告は昭和五四年三月一八日から同年六月五日まで入院し、同月一二日から翌月二三日(実治療日数六日)まで通院した事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。これに対する慰藉料は金六〇万円が相当である。
後遺症に対するもの
証人堀田日朗士の証言(第一回)によれば、原告はその後遺症につき七級の認定を受けた事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はないところ、右に対する慰藉料は金六二〇万円が相当である。
右を合計すると金六八〇万円となる。
6 以上をすべて合計すると金五六〇九万二二八九円となるところ、原告は自賠責保険金一七九一万五五六円を受けた事実は当事者間に争いがないのでこれを減ずると金三八一八万一七三三円となり、右額につき既述の訴外堀田の過失二割をもつて過失相殺すると金三〇五四万五三八六円となる。弁護士費用は金三〇〇万円を相当とするのでこれを加えると金三三五四万五三八六円となる。
四 結論
よつて、原告の本件請求は、不法行為による損害賠償金のうち金三三五四万五三八六円と、内、金三〇五四万五三八六円に対しては不法行為発生の日の後である昭和五四年三月一九日から、内金三〇〇万円に対しては同じく不法行為発生の日の後である昭和五五年八月三一日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 村上久一)